戦争とはなんだろう

昨日8月15日

終戦記念日から敗戦記念日と言い方が変わってきた。

そしてラジオもテレビも放送内容が今までと違う気がする。

戦争体験話から具体的な軍隊のあり方の放送が目立ってきた。

敗戦記念から平和を考える時代になったことで初めて知ることも多くなってきた。

今までは、一般市民が戦争体験話をしていたが、今はちがう、当時の軍人や幹部のひとが話すようになってきた。

これまでとは違う、空気だけは感じる。本当の平和はこれからかも知れない。

平和を祈ることも努力することも簡単だけど、責任を問うことは難しい。

反対する意思はあっても一度流れにのってしまったら止められない。

その時の責任は一体誰が問うのか。

今まで、戦争がどれだけ悲惨なとこだったのかしか、知らないで育ってきた。

これからは、誰が起こした出来事なのか、誰が指示したことなのかが、

本当の平和維持活動のなかで、重要なことなのかも知れない。

それが、終戦記念日から敗戦記念に変わった理由かも知れないと思った。

考えて見れば、昭和天皇も戦後生きていた。

そういう意味でも誰も責任を取っていない。

つねに幹部や総理や上層部は責任を取らないで生きている。

一般市民や下の方の軍人しか、戦犯にかけられ、責任を負わせる。

激戦地には偉い人は行かない。

自分たちは、いつの時代も生き延びている。

それらを許してしまったことに、私は、一人、反省をするのであった。

そんな一日になってしまった。